警視庁鳥居坂署は麻布署と三田署、高輪署に挟まれた都心のど真ん中にある。
港区の一番華やかな商業地域からは少しずれた地区を担当し、最寄り駅は麻布十番駅。
各国の大使館と古い住宅が建ち並び、長くこの土地に住む者と海外からの居住者が暮らす街。
そんな地域に鳥居坂署はある。
階巧は鳥居坂署犯罪抑止係に先月配属された。
警視庁はおおよそ五年程度で部署の異動がある。巧は昨年鳥居坂署の地域課に異動し、念願の刑事講習を受け、ようやく交番ではなく署の内勤に抜擢された。これで私服刑事の仲間入りかと思いきや、巧の配属先は希望の鳥居坂署刑事課ではなく、犯罪抑止係だった。
巧は少なからず、いや激しく失望した。なぜなら犯罪抑止係には捜査権限がない。そして、“犯抑(はんよく)”は鳥居坂署のお荷物と呼ばれる部署だったからだ。
「遅いぞ、階」
「寝坊して、御堂が迎えに行ったって?」
「だらしねえなあ」
署の廊下をネクタイを締めながら走る巧を、生活安全課の刑事たちがからかう。
「すんません、ホント。すんません」
巧は頭を下げつつ走った。
昨夜巧を潰したのは生活安全課の年嵩の刑事たちで、酒の誘いを断れなかった。しかし、隣の部署であり仕事を頼んだり頼まれたりという関係性の生活安全課とは、仲良くしておかなければならない。
「申し訳ありません! 遅くなりましたっ!」
犯罪抑止係のオフィスに到着したのは上司の指示時刻から一分過ぎだった。すかさず、御堂誉の怒声が飛んできた。
「遅い!」
「すみませんでした!」
条件反射のように最敬礼をする巧は、この女上司が苦手だ。苦手というより、恐れている。