「御堂さん、申し訳ないんですが、担がせてもらいますね」
「ああ」

誉をおぶった格好でオートロックを解除し、十五階の部屋に到着する。玄関の鍵を開けている時点で、どうもまずいことをしているような気になってきた。上司とはいえ、二階級も上とはいえ、背負っているのは酔っぱらった二十八歳女性だ。小柄な彼女は抱え上げてみると、本当に軽い。そしてやわらかい。鉄の女ではない、普通の女性だ。
女性と触れ合うという機会とは随分ご無沙汰な巧は、不覚にも心臓がドクドクと脈打ち始めてしまった。最後に恋人がいたのは大学時代だ。
そんな巧には気づきもせずに、誉は玄関に入るなり、巧の背からひらりと降りた。ローヒールパンプスを蹴散らし、暗い室内に入っていく。ごんごんとぶつかるような音も聞こえる。どう見てもまだ酔っている。

「御堂さん、大丈夫ですか?」

玄関に立ち、大声で尋ねても返事がない。迷ったが、後を追って室内に入ることにした。
リビングに電気はついていないものの、青っぽい光源があるので真っ暗ではない。目についたのは大きな水槽だ。横幅だけで一メートル近くありそうな水槽には水が入っていない。砂が敷き詰められている。光源は水槽に設置された青いランプだ。なんだろうと覗き込み、岩の陰からぬっと顔を出したごつごつした生物に、巧は悲鳴をあげた。

「我が子・ムサシだ、敬意を払えよ、階」

暗闇の中から誉の声が聞こえる。リビングの先の寝室からだ。すぐにジャケットを脱いで髪をほどいた誉が戻ってきた。シャツにスーツのパンツスタイルだが、足元は素足だ。