誉は席についたまま頷く。

「ああ、精々励め」

しかし、誉は一向に立ち上がろうとしない。さすがに不審に思った巧は彼女の顔を覗き込んだ。

「御堂さん?」
「階、悪いが肩を貸せ」
「え?」

屈み込むと、誉の小さな手がぐっと巧の方に食い込む。勢いよく立ち上がった誉だったが、次の瞬間再び椅子にすとんと逆戻りしてしまった。
表情はまったく変化がない。顔色も普通だ。しかし、これは……。

「御堂さん、もしかして酔ってますか?」
「ああ、酒はほぼ飲めない」

衝撃的な返事に、巧はおおいに焦った。

「ちょ、飲んじゃったじゃないですか!?」
「しばらく試してなかったから、そろそろ大丈夫かと思ったが、駄目だった」
「表情がまったく変わらないので気づきませんでしたよ!」

結局巧は足腰が立たなくなった誉に肩を貸して店を出た。迷ったものの、タクシーを捕まえ、上司を家まで送っていくことにしたのだ。

「住所は言える」

酔うと運動機能が著しく衰え睡魔がくるようで、うとうとよろよろの誉ではあったが、自身の住所ははっきりと言えた。鳥居坂署から歩いても十五分ほどの立地である。
到着した高層マンションを見て、巧は送ってきてよかったと思った。ひとりでは自身の部屋までたどり着けなかっただろう。