誉が連れてきてくれたのは、署から歩いて五分ほどの中華料理店『向来』だった。しょっちゅう昼にラーメンを食べにくる場所だ。
誉がケチってここに連れてきたのではないことは察している。おそらく誉は空腹で、手近でがっつり食べながら部下に酒を奢ろうと思った回答がここだったのだろう。

「ラーメンチャーハンセット、餃子と唐揚げ」
「お客さん、セットの餃子三つの方じゃなくて?」
「六個の方。単品餃子で。唐揚げもセットじゃない方で頼む」
「あれ、御堂さんは飲まないんですか?」

食事の注文だけで終わろうとする誉に問いかけると、誉は少し考える風に視線を泳がせた。

「では、生ビールを中ジョッキで」
「俺も生中で。あと、回鍋肉定食、ごはん大盛でお願いします」

昼食こそ一緒に摂ることが多いが、ビールで乾杯というのは初めてだ。
ごくごくと華奢な喉を鳴らしてビールを嚥下する誉は、この瞬間だけ切り取ればどこにでもいる会社員の女性に見えた。

「足を引っ張ったり妨害したりするのが楽しい連中もいる。私と働けばそういう輩と遭遇する割合は増える。残念だが、階には慣れてもらうしかない。異動はおそらく三、四年後だ。おまえが巡査部長試験に受かれば別の話だが」

警視庁内の異動の多くは五年ごとだ。もちろん例外はあるし、昇任試験に合格すれば一度警察学校に入校するため転属となる。役割が変わるので、卒業後同じ職場に配属されることはない。

「試験は頑張ります。御堂さんは俺の年で二階級も上の警部補に合格しているわけですし」
「張り合わなくていい。階と私では、頭の作りが原子レベルで違う」

ものすごく馬鹿にされているが否定できない。さらに誉は真顔なのだ。巧は悔しさを噛み殺しながら、ジョッキを煽った。