「え? 生安で昨日扱ったってことですよね。自転車窃盗で」
「そうだ。それを生安の連中、注意処分だけで返したんだ」

誉が憤懣やるかたない表情で言う。

「俺たちが渡したリスト、見てないってことですか?」
「そうなるな。そして、刑事課の連中も捜査を始めていない」

言いながら、たった今座ったばかりの誉が立ち上がる。静かだが、誉は確実に怒っている。

「ついてこい」

どこへだろう。聞かずともわかる。嵐の予感に、巧は拳を握りしめ誉の後に続いた。
井草が合掌し、古嶋が気の毒そうな顔をしているのが目の端に映った。

誉に付き従って到着したのは、お隣のオフィス・生活安全課だ。

「失礼」

誉は鋭く言い、オフィスに入る。
生活安全課は犯罪抑止係の何倍ものオフィス面積を持ち、人員も十五人だ。オフィスにいる面々がじろじろ見る中、誉が少年係の卯木の前に歩み寄り仁王立ちになった。

「卯木警部補、昨日の自転車窃盗の件ですが、先日お渡ししたリストにある人物ですよね。リストをご覧になりませんでしたか?」

卯木は五十代半ばの刑事だ。巧は以前、飲みに連れて行かれ、吐くまで飲まされた嫌な記憶がある。断れない状況での酒の強要。こいつらと比べたら、御堂誉の指導がパワハラだとは到底思えない。