「よォし、階を胴上げだ!」
同僚たちがわっと駆け寄り、巧の身体を持ち上げ高々と放る。

「階、最高だぜ!」
「警視庁捜査一課の期待の星!」

わっしょいわっしょいとリーグ優勝したチーム監督みたいに宙を舞う巧。
顔がにやける。警視庁捜査一課の若手エース・階巧。なんと素晴らしい響きだろう。
どんな難事件も粘り強い捜査力と類いまれなる身体能力で切り抜ける。誰もが認める逸材……そんなものに……。

『……はし……きざはし』

どこからともなく声が聞こえ、宙を舞いながら巧は首をひねった。
上司の声ではない。同僚たちからでもない。声は天から降ってきて、地下道に反響する。

『……くみ、……階巧、目覚めろ』

声はどんどん大きくなる。わんわんとハウリングして響き渡る。目覚めろとはなんだ。自分は充分目覚めている。それとも、勇者として目覚めよという、アニメやライトノベル的な展開だろうか。そういったファンタジーがいち警察官の階巧に舞い降りるのだろうか。そんな、馬鹿な。

『いい加減にしろよ、階』

声がはっきりしてくる。それと同時にぞわぞわと背筋が寒くなってきた。底冷えするような女の声だ。雪山で会ったら即死しそうな冷たい声音。

『階、目を覚ませ』

ようやく巧は気づいた。その声が誰のものであるか。

「起きろと言っているのがわからないのか! この大馬鹿者が!」
「……ッ、はいっ! すみませんでした!」

叫びながら目を開けた巧の視界には見慣れた天井があった。そして、自分を見下ろすブリザード級の冷たい視線。

「御堂(みどう)……警部補……」

ベッドの上、巧の胴体をまたいで立ち、見下ろしているのは上司・御堂誉(ほまれ)であった。独身寮は鳥居坂(とりいざか)警察署の七~九階にあるとはいえ、女性上司に乗り込まれて迎える朝とは、なかなか刺激的な目覚めである。