困った。このままでは講話の前に潰されてしまう。助けを求めるように誉に視線を送ったが、彼女はまったく巧の方を見ない。
よくよく見れば、彼女の前には刺身の盛り合わせと山盛りの白米。
御馳走を前に幸せそうに手を合わせる御堂誉。今日一番いい顔をしている。
どうやら彼女は美味しい食事のためにこの場に来たらしい。

(俺に講話を押し付けた理由はこれかよ!)

住民の注目が巧に向かっている隙に、わざわざ白米まで注文して食事を楽しんでいるのだから自由過ぎる。
講話の出来を心配したのも、巧が不出来な話をし、自分が出張らなければならなくなると食事に集中ができないからだろう。
そして、そんな彼女を住民たちはほぼ放置している。誉は何度もこの会合に参加しているそうだが、どうやら彼女のキャラクターは会員たちに熟知されている様子だ。

「では、このあたりで階より防犯講話をさせていただきます」

見かねた諸岡課長が場を仕切ってくれ、巧はほろ酔いの状態で踏みとどまることができた。
つっかかりながらも、メモを手にスピーチする間、誉は刺身と金目鯛の煮付けを平らげ、お替わりにお茶づけまで頼み、食事を終えていた。
なにをしにきたのだろう、うちの上司は。料亭の美味しい食事を楽しみにきたに違いない。
巧は不信感いっぱいで講話を終えたのだった。