その夜、諸岡について出かけたのは麻布十番駅にほど近い老舗の料亭である。ビルのワンフロアにある店だが、一見お断りの雰囲気のある高級店だ。

「お待ちしてましたよ」

すっかりなじみの様子で挨拶を交わすのは、鳥居坂の防犯協会の会長を務める加藤(かとう)という男性だった。この界隈で印刷所を営んでいるそうだ。
案内された広間の座敷には地域住民が三十名ほど。鳥居坂署管内に昔から住んでいる面々だ。商店経営などの個人事業主が多いらしい。
途端に緊張しながら、巧は誉に耳打ちした。

「あの、もしかして酒席になるんですか?」
「会合とは懇親会だからな」

物を知らぬ我が身が恥ずかしくなる巧だ。てっきり会議室のようなところでやるのだと思っていた。料亭に招かれた時点でおかしいとは感じたのだが。

「なお酒には飲まれて、講話が不手際に終わったり、明日の朝醜態をさらすようなことがあれば、相応の覚悟が必要になるぞ」

低い声ですごまれ、巧は凍り付いた。

「そ、そ、そんなことにはなりませんのでご安心ください」
「階については、まったく信用していない。これ以上、評価が下がることはないと信じたいところだ」
「頑張ります」
「頑張らなければ、当然のこともできないのか。恥を知れ」

冷たい口調である。しょんぼりと背を丸め、巧は唇を噛みしめた。