「今は犯抑でおとなしくしているがね。きみの言う通り、またちょいちょいやらかすだろう。一課の陣馬をはじめ、彼女の圧倒的なパワーに期待と信頼を寄せるものもいる。きみがついた上司は思いのほか、面倒だよ。それでも支えてやってくれるかな」

面倒。確かにこの上もなく面倒だ。しかし、巧はためらうことなく言葉にした。

「はい、頑張ります」

傍若無人、トラブルメーカーな上司・御堂誉。
だけど、巧は彼女のことを尊敬している自分に気づいていた。
警察組織は定期的に異動がある。いつまで誉のそばにいられるかわからないが、彼女から吸収できることはしておこう。口が悪くても、生活能力が低くても、彼女こそが巧の憧れる刑事そのものだからだ。

「おい、階!」

振り向くと、鳥居坂署の方向からずんずんと歩いてくる小柄な姿。

「噂をすれば」

諸岡が笑う。御堂誉はふたりに近づき、諸岡に会釈をするより先に巧に言う。

「朝イチで出した企画書。やり直せ。ひどいぞ、日本語を知らないのか? てにをはがわからないのか? 小学校で勉強したいなら、近所の小学校に連絡を取ってやるからすぐに言え」

相変わらず立て板に水の文句を冷徹に淡々と投げつけてくる。

「す、すみません。そんなに変でしたか?」
「ああ、いちいちこんなことを指導しなければならないとは。私の仕事が増える一方だ。怒りが湧いてくる」
「すみません。本当にすみません。すぐにやり直します」
「三十分で仕上げろ」
「はい!」

諸岡に会釈し、駆け出す巧の背中に誉の怒鳴り声がぶつかる。