巧は額の汗を拭い、うんと伸びをした。

「御堂さん、ひとまずお疲れ様でした! ラーメン食べて帰りませんか?」
「ああ、ものすごく腹が減った」
「冷やし中華、始まったみたいですよ、向来」
「それはいいな」

誉は首をぱきっと鳴らし、背筋を伸ばした。あの炎のような感情の揺らぎも、切なくなるような表情も、すでに彼女からはかき消えている。いつもの御堂誉だ。そのことに安心したような気持ちになった。

「ところで、階、今後私とおまえは署内からも捜査一課からも相当にらまれるから覚悟しておけ」
「え! あ、いや、そんな気はしてましたけど」

なにしろ、ここ二日、誉の指導のもと、ありとあらゆる裏付け捜査に奔走してきた。詐欺グループの少年たちに幸井雪緒の顔を確認しに行ったときは鳥居坂署の刑事課とかち合っているし、銀行や雪緒宅周辺の防犯カメラのチェック、帝旺学院内の学生カードデータ照合などは、一課より先に依頼をしてしまった。被害者宅の二度にわたる指紋検出くらいは陣馬がかばってくれるだろうが、他は相当なバッシングが予想される。捜査権限のない犯罪抑止係が、出しゃばって犯人検挙に動いていたのだから。

「気が重いです……」
「まあ、頑張れ」
「御堂さんも怒られるんじゃないんですか?」
「言わせておけばいいからな。あまり関係ない」

ふたりは馴染みの中華料理店に向かい、ぶらぶらと歩きだした。太陽は重々しく暑く、巧の頬を汗が伝った。誉がメガネを取り、ハンカチで無造作に顔を拭いていた。