「香西くんが殺害された日、私は捜査一課の同僚に頼み、彼の私室の指紋を取っています。指紋は一度取ると消えてしまいますので、一度目は最低限引き出しの周りだけ。その際、引き出し周りからは、香西くん本人と家族以外のもうひとり分の指紋が見つかりました。調べればわかりますが、きみのものでしょう」

雪緒が自身の状況を察して、ぎゅっと唇を噛みしめる。誉は続ける。

「それからきみが訪問した直後、二度目の指紋採取に行ってもらいました。香西くんの部屋のテーブル、ドア周り、本来被害者や家族の指紋があるべきところからすべて指紋が消えました。部屋に入ったはずのきみの指紋も」
「……それは」
「ご家族はきみが香西くんの部屋に入ったと証言しています。神経質になっていたきみは、部屋中、さらにきみ自身の訪問時の指紋すら消してしまった。不自然なほどにね。指紋を消すことで自身を捜査対象からはずしたかったのでしょうが、指紋を消すという隠蔽工作をするのは犯人だけです。裏目に出ましたね」

目を見開いた雪緒がこくんと喉を鳴らすのが見えた。

「ごめんなさい、幸井くん。罠を張らせてもらいました」

巧は上司の表情をうかがう。その酷薄とした薄い微笑みはぞっとするくらい美しかった。
雪緒は、隠滅する前に証拠を保全され、さらに誉のコントロールにより犯人しかしないであろう行動を取ってしまった。簡単に言い逃れはできない。
次の瞬間、がばっと雪緒が立ち上がった。巧は即座に臨戦態勢になるが、拳を握りしめた少年にそれ以上の動きはない。