女上司・御堂誉は確かに人間性に大きな問題がある。
まず、部下を自身の手足だとしか思っていない。ゆえに、コントロールの効かない手足は徹底的に鍛え上げることで使える手足に仕立てようとする。
罵詈雑言を浴びせられるのではない。ひたすらに淡々と底冷えする声で指令が出されるだけだ。その指示はひとつひとつ厳しく、無理難題も多い。
こうしてパトカーでアナウンスをすることとて、厳しくチェックされるのでなんとなくではできないのだ。
そして、上手くいっても褒める言葉はなく、失敗すればつららで串刺しにされるような怜悧な攻撃に遭う。
パワハラだと文句を言ってやめていった部下は数多くいるらしいが、巧は御堂の指導をパワハラだとは思っていない。ただ、面倒くさいくらい細かく厳しく、若干理不尽だと思っているだけだ。
なお、お荷物・犯罪抑止係の現在の重要任務は『特殊詐欺を未然に防ぐこと』である。
特殊詐欺とはいわゆるオレオレ詐欺や振り込め詐欺の総称である。
そのための計画を練り、パトカーで連日呼びかけながら管内を走り周り、駅前や銀行前でビラを配るのが日々の業務だ。
巧に言わせれば『たったそれだけの仕事』。
巧の信じる刑事とは、事件現場に向かい捜査し、犯人を逮捕し解決するものだった。
この仕事はそうではない。毎日毎日が同じことの繰り返しで過ぎていく。
やる気のない同僚、恐ろしい上司。
そして、理想になり損ねている自分……。
巧は絶望の心地でいた。貴重な二十代を犯罪抑止係という部署で費やす自分に。
そして、自身の輝かしい未来を無条件に信頼することを、諦め始めていた。