二十時、六本木のクラブ・サラスバティに巧は客として潜入していた。
今まで行った二箇所のクラブより、年齢層は高めに感じる。低いビートを刻む音楽、どこからかお香のような匂いが臭覚を刺激する。客層は若者も多いが金に余裕のある大人が遊びにくるような高級感がある。
巧と同行の古嶋の耳にはイヤホン。外の井草と繋げられ、店内奥に潜入中の誉の音声を拾える。
誉はキャバ嬢のひとりとしてVIPルームに潜入しているので、無線が持てない。小型の集音器を身体か衣服のどこかにつけている。
巧はニットキャップを真深く被った。警察官らしく短髪の巧は、左耳につけたイヤホンを隠せないのでキャップだ。古嶋は長い髪で隠している。

「古嶋、大丈夫か?」

巧は隣の古嶋に声をかける。今夜の相棒は、ハイテーブルに俯き加減につき、ジンジャーエールを飲んでいる。

「音が……うるさくて……」

消え入りそうな声で答えが返ってきた。

「ここ、静かな方だよ。クラブにしては。御堂さんの音声拾えてる?」
「は、はぁ。よくわかんなくて……」

思いの外頼りにできなさそうな相棒に、巧はため息を噛み殺した。
古嶋は地域課時代に大きな騒ぎを起こしたわけではない。“なにもしなかった”のだと聞く。自分からは動けない。同僚と連携できない。書類等の事務作業も人の何倍も時間がかかる。
結果、地域課から追い出されたのだ。地域は警察官の基本、一般人と接する機会は一番多いし、スピーディーで的確な対応が求められる。それが古嶋にはできなかった。