諸岡警視は穏やかな笑顔だ。署内でも人格者で通っている諸岡なら、直談判というあり得ないことも受け入れてくれるかと思ったが、暖簾に腕押しの感覚に巧は焦った。

『捜査はいくらでも勉強できる。階の配属には意味があるよ。きみにも署内的にも必要な部署に行ってもらうだけだ』

警察組織内の人事は誰にもどうにもできないことも多い。しかし、署内人事なら多少は融通が利くと思っていたのに。

『俺が使えないからですか!?』

思わず叫ぶと、諸岡は変わらない笑顔で言う。

『きみの若さとガッツは存分に使えるよ。きみの上司・御堂誉の元で』

その名前に巧はギクリと固まった。
御堂誉警部補は有名人だ。二十八歳にして巧より二階級上の警部補である彼女は、国家一種試験に受かったエリート組ではない。巧と同じ地方公務員試験で警視庁に入庁、二年で巡査部長試験に受かり、二十六歳にして警部補試験に合格している。
警視庁内でもスピード違反気味な出世速度である。
そんな彼女は、元は巧憧れの捜査一課の刑事だった。

『御堂警部補は……』
『性格に難有りの問題児。トラブル多発で捜査一課を追い出されて鳥居坂署に封印された。……噂だとこんな感じかな』
『噂なんですか? ただの』
『いや、概ね噂通りだよ。御堂誉は問題児だ』

明るく破顔され、巧は崩れ落ちそうになった。そんな札付きの問題人物の部下になれというのはどういうことだろう。