「はあ……」
「自慢じゃないが我が家には米もない」
「あの、それはスーパーに寄れば……」
「作れるのか? ダブルバーグを」
「……はい」

こくりと頷くと、誉が深いため息をついた。

「階、今日の夕食はおまえに任せる。材料費はいくらかかってもいい」

どうやら、上司にはベストな提案だったようだ。嫌がるどころか招かれてしまった。


誉は自炊というものができないらしい。本人曰く『向いていない』のだそうだ。
彼女の家にはなんの自炊用具もないため、帰路に唯一あるスーパーでひき肉や米をはじめ、ボウルやフライパンまで買い求めることとなった。

「包丁とまな板はあるんですね」
「ムサシに小松菜やカボチャを刻んでやらねばならないからな」

ムサシとは誉宅のトカゲだ。巧はこちらを威嚇していた雄トカゲを思いだす。

「ムサシくんになにかお土産でも買いましょうか。トマトとか、食べますかねえ」
「ムサシさんと呼べ。あいつの好物はコオロギか餌用ゴキブリだな。土産ならそのへんを用意してやってくれ」
「すいません……俺がムサシさんに用意できるのは野菜程度です……」