家に居たスタルスは、ジュリエのピアノを聴きに、三人がいる部屋を訪れた。そこで初めてリアンのピアノを聴いたのだ。
 リアンの奏でるピアノの音は、かつて憎んでいたフェルドのピアノに似ていた。いや、似ているどころではない。スタルスは、まるでフェルドが弾いていると錯覚したのだ。
 スタルスの目には、ピアノを弾くリアンの姿がフェルドと重なって見えている。そしてスタルスは、リアンの演奏の途中で何も言わずに部屋を出た。
 誰もいない廊下。スタルスは自分の両手に嵌めている白い手袋を見詰める。フェルドに対する憎しみが、昨日の事のように甦ってきた。
 その日の夜、夫婦二人きりになる寝室。スタルスはジェニファに、リアンにピアノを弾かせるなと告げた。
 ジェニファは困惑した。しかし、ジェニファには何故スタルスがそのような事を言うのか、理由を分かっていた。
 スタルスはフェルドのピアノの才能を、今も尚憎んでいるからだ。
 リアンのピアノは、フェルドのピアノそのもの。それは間近で聴いているジェニファが、一番分かっている事だ。
 しかし、ジェニファはスタルスの願いを拒んだ。
 リアンにピアノを教える事は、死んでいったマドルスのたっての願い。
 それだけではない。このまま才能溢れるリアンのピアノを廃れさせる事は、ピアノを愛する者としてできなかったのだ。それ故に、ジェニファはリアンにピアノを教え続けた。
 それをスタルスが許すはずがない。
 ジェニファのその懇願する思いも、時に罵倒し、スタルスは頑なに受け入れなかった。そして、言う事を聞かないジェニファに対し、次第に暴力を振るうようになってしまったのだ。
 それは直ぐに、リアンとジュリエの知るところとなる。
 自分がピアノを弾く事で争っている二人に気付いたリアンは、ジェニファにピアノを辞めると告げた。しかしジェニファは優しく微笑み、拒むリアンにピアノを教え続けた。