その兄は、父親譲りのピアノの才能がありながら、ピアニストにならなかった。
 その事を今でも恨んでいると、ジェニファに洩らした事もある。
 フェルドが存在していたから、自分はピアニストになれなかった。スタルスは本気でそう思い、そのやり切れない思いをジェニファにぶつけた事もあった。
 そんなひねくれた考えを持つスタルスを、ジェニファはほおっておけなかったのかもしれない。そして音楽学校を卒業した次の年、ジェニファはスタルスと結婚した。
 それから二年後、二人の間にジュリエが生まれたのだ。
 スタルスは自分の元にジュリエが生まれてきてくれた事を、心から神に感謝した。そして、この子だけには夢を諦めさせたくないと強く思ったのだ。
 ジュリエが物心ついた時に、スタルスはジュリエに夢を聞いた。
 ジュリエはスタルスの問いに、「ママみたいにピアノが弾きたい」と答えた。
 その言葉を聞き、スタルスは涙が出る程喜んだのだ。
 自分がなれなかったピアニストの夢を、ジュリエには叶えて欲しかった。
 ピアノを弾くジェニファの横には、いつもジュリエがいた。そして自分から望んで、ジェニファにピアノを学ぶようになったのだ。
 成長していくジュリエと共に、上達していくピアノの音。スタルスは神に跪き、感謝した。
 ジュリエには、自分にはないピアノの才能があると思ったのだ。
 この瞬間、スタルスの夢はジュリエが世界一のピアニストになる事に変わった。
 リアンがスタルス家の家族となり、五日が経った。
 リアンとジュリエは、いつものようにジェニファにピアノを習っている。