「…うん」

 顔を赤らめ、ジュリエはリアンから目を逸らすと、静かに俯いた。

「さあ、次はジェニファが弾いてごらん。今日は好きな曲を弾いていいわよ」

 リアンに代わり、ジェニファがピアノの前に座った。
 まだその顔は赤らんでいるが、鍵盤に指を這わせると、顔付きが変わった。その表情は、悲しみや憂いを含んでいる。そしてその表情が乗り移ったかのように、指先が悲しげに動いていく。
 室内に悲しいメロディーが響き渡る。
 ジュリエの演奏も、素人でさえその悲しみが伝わってくるような、素晴らしいものだった。
 リアンの瞳が、うっすらと濡れ始めた。
 ジュリエは楽譜は見ていないものの、一切のアドリブを加える事なく、この曲を作り上げた作曲者が書き残した楽譜通りに演奏している。
 その作曲者の思いが指先に乗り移ったように刻まれていくメロディーに、リアンは心奪われているようだ。そして、ジュリエのピアノ演奏が終わった。リアンは、心を込めた拍手を送った。
 それからリアンとジュリエは代わりばんこにピアノを弾き、今日のレッスンは終了した。
 夕食の席、始めはいつものように静かだった。
 しかしジュリエは、スタルスに興奮気味に話し掛けた。

「パパ、今日リアンのピアノ初めて聴いたんだけど、凄いんだよ」

 スープを飲んでいたスタルスはその手を止め、ジュリエの方を見る事なく口を開いた。

「…リアンはピアノが上手いのか?」

「うん!私の何千倍も上手いの!」

 ジュリエは自分の事のように興奮している。
 その言葉を聞き、スタルスはリアンに冷たい視線をぶつけた。