全ては、自分の全てを否定したマドルスに、自分という存在を認めさせる為だけに。しかし、そんなスタルスの指揮者のレッスンを、マドルスは一度も見ることはなかった。
 フェルドが出て行ってからのマドルスは、家にいる間は、自分の部屋に篭もっていた。
 スタルスには、まるで興味を示さなかったのだ。
 スタルスはマドルスに認めてもらいたい一身で、タクトを振り続けた。しかし、マドルスはやはり、スタルスに興味をもたなかったようだ。
 スタルスは二十五歳の時、マドルスの手を借りる事なく、自分だけの力で指揮者として初めて舞台に立った。しかしそんな門出の日さえ、我が子の初ステージをマドルスは見ようとはしなかった。
 スタルスの初舞台は観客を沸かせた。
 皮肉なものだ。スタルスには、指揮者としての才能があったようだ。そしてスタルスはその後、世界的に有名な指揮者へと変貌して行く。しかしマドルスは、未だ一度もスタルスの舞台を見たことがない。
 スタルスはピアノを辞めてから今までずっと、白い手袋を付けている。
 それはピアニストにとって手は命が故。
 ピアニストになる夢を捨てさせられたマドルスに対する、せめてもの反抗心なのかもしれない。