スタルスは、ピアノの鍵盤を叩き付けた。
 部屋の中に、メロディーにならないピアノの音が響き渡った。

「明日からバイオリンのレッスンでも始めるか?…いや、お前には楽器を演奏する才能がないんだな…指揮者のレッスンを始めるんだ」

 マドルスはそう言い残し、直ぐに部屋から出て行った。
 怒り、悲しみ、悔しさ。
 様々な感情に体を支配されていくスタルスは、豆ができ、それが潰れ、固くなるまで練習した指先を見詰める。
 誰よりも認めてもらいたい者に、努力した全てを否定された。
 スタルスの心は、その瞬間から壊れ始めた。
 それからのスタルスは、ピアノに触れなかった。そして、父親の言い付け通りに指揮者のレッスンを開始したのだ。しかし、時たま微かに聞こえてくるフェルドのピアノの音を聞く度、スタルスは発狂しそうになっていた。
 自分は認めてもらえなかったピアノの才能が、フェルドにはある。
 その事実に、スタルスの心は大きくねじ曲がってしまったのだ。そして、フェルドの事を兄としてではなく、歪んだ感情で見るようになってしまった。
 フェルドが家を出て行ってからも、スタルスはピアノに触れる事はなかった。
 ただマドルスの言い付け通りに、指揮者としてのレッスンを、一生懸命励んでいたのだ。
 自分の才能を認めてくれなかったという、恨み以上の気持ちを持ちながらも、スタルスは休む暇もなく、日々レッスンに明け暮れた。