マドルスは、体を支えてくれているジェニファとジュリエにお礼を言った。そして二人に支えられながら、スタルスの前で跪いた。

「…この通りだ…リアンにはもう…身内は…お前しかいないんだ」

 マドルスは支える二人の体を押し退け、頭を床に付け、スタルスの前で土下座をした。
 スタルスはその姿を見ながら、口角を歪めた。
 そんなスタルスの口から、微かに笑い声が聞こえてくる。

「あなた!」

 ジェニファは非難するような視線を、スタルスへと向けた。

「…まぁいいでしょう…父さんから頼み事されるのは初めてですからね」

 スタルスはマドルスを見下ろしながら言った。

「ありがとう」

 マドルスはスタルスの足にしがみつき、心からお礼を言った。
 自分の足に纏わり付く父親を見下ろし、スタルスはたまらずに笑い声を上げる。
 ジェニファとジュリエは、その光景を困惑した表情で見詰めている。

「…もう1つ…頼みがある」

「…なんですか?」

 スタルスは足にしがみつくマドルスを、見下ろしながら尋ねた。

「…リアンに…ピアノを教えてあげてくれんか?」

「…ピアノ!?」

 スタルスは声を荒げ、足にしがみつくマドルスを振り払った。
 マドルスは床に体を打ち付けてしまった。

「あなた!」

 たまらずジェニファが叫んだ。

「ピアノですか!?…あなたが、私にピアノを教えろと言うんですか!?」

 眉間に浮き彫りになる皺をより深くしながら、スタルスは叫んだ。

「…お願いだ…この通りだ」

 マドルスは体を起こし、床に何度も頭を叩き付け土下座をした。
 マドルスの額は、見る間に血で染まっていく。
 ジェニファとジュリエは困惑して、黙ってマドルスの行動を見ている。

「…それはできない!」

 スタルスは怒鳴り声をあげた。

「…あなた、私からもお願いします」

 ジェニファはそう言うと、マドルスと一緒に土下座をして頼んだ。

「…パパ、お願い」

 ジュリエも涙を浮かべ、スタルスを見詰めている。

「…まぁいいでしょう…父さんの頼みじゃなくて、二人の頼みを聞くんですからね」

 スタルスはそう言うと、窓辺に近付き、窓に写る自分の怒りに歪む顔を見詰めた。

「…ありがとう」

 マドルスはスタルスの背中を見詰め、心から感謝した。