そんなフェルドは、幼い頃に亡くした母親のシェリエルの絵ばかり描いていた。シェリエルを描いている間は、優しかった母親と一緒に居られる気がしていたのだ。そして、次第にフェルドは寝る間を惜しんで、夢中でノートにシェリエルの絵を描くようになった。
 フェルドが幼かった頃に亡くなった為、シェリエルとの思い出は数少なかったが、優しかった母親の顔を思い浮かべて絵を描き続けた。そして、気付けばフェルドの夢は、マドルスに埋め込まれたピアニストになる夢から、自分で決めた画家へと代わっていたのだ。
 そんな息子の思いに気付いていないマドルスは、フェルドの部屋に入る事はなかった。
 躾は厳しくしていたものの、息子のピアノの才能以外には、それ程興味がなかったのかも知れない。
 フェルドは十九才の時に、マドルスを自分の部屋に呼んだ。部屋にマドルスを呼ぶのは初めての事だった。
 マドルスもフェルドの部屋に入るのは、フェルドが幼かった時以来だ。

「何だ話って?」

 マドルスは、フェルドの部屋に入るなり尋ねた。その顔は怒っているように見える。立場が下の者が呼び寄せた事に、苛立っているようだ。

「…父さん見てよ」

 フェルドはそう言いながら両手を広げた。
 壁には埋め尽くす程の絵が飾り付けてある。その殆どが、ノートのような薄い紙である。

「父さんにはずっと言えなかたっけど…僕画家になりたいんだ」

 フェルドは胸を張って、自分の夢を父親に語った。