そして、とうとうマドルスはリアンのピアノを弾く手を叩いてしまった。

「…もう、いいよ!」

 リアンは泣きながら、部屋を飛び出した。
 去り行くリアンの姿を見詰め、怒りに支配されていたマドルスの顔に、悲しみが訪れる。そして、しわくちゃな顔をして、頭を抱え跪いた。

「…ごめんな」

 そうぽつりと呟いたマドルスの脳裏に、フェルドの昔の姿が浮かび上がる。

「なんで、そこで間違える!」

「お前は、本当にわしの血を受け継いでいるのか!?」

 マドルスは昔、幼かったフェルドに厳しくピアノを教えていた。
 自分のピアノの才能を受け継いでいる。将来、自分を越えるピアニストにしたい。そんな思いに駆られ、マドルスはフェルドに厳しく接したのだ。それはピアノに関しての事だけではない。
 何事に関してもマドルスはフェルドに対して、厳しく接した。それがフェルドの為になると思い込んでいた。それが将来ピアニストになるフェルドの為に、するべきことだと思い込んでいたのだ。しかし、マドルスの思いとは裏腹に、フェルドはピアニストにはならなかった。
 フェルドはピアノを弾く事は大好きだったが、ピアノよりも大好きなものがあったのだ。
 それは絵を描く事だ。
 世界的に有名なマドルスは、演奏の為、海外を飛び回っていた。
 マドルスが家にいない間は、代わりの者がフェルドのピアノを教えていた。そんな中、フェルドは勉強とピアノレッスンの息抜きに、よく絵を描いていたのだ。絵を描いている間は、自由になれた気がしていた。