それは、シャロンにとって初めての敗北だった。
 自分を負かした男を好きになるのが、この世のセオリーなのかは分からぬが、シャロンはリアンに心奪われた。

「…お、お上手でしたわ」

 そう言ったシャロンは、湯気が立ちそうな程、顔を真っ赤にしている。そんなシャロンを見て、クラス中は騒ぎだした。シャロンがクラスメイトの前で人を誉めたのは、これが始めてなのだ。

「…ありがとう」

 リアンは同い年の女の子から褒められた事が恥ずかしいのか、はにかんでいる。そんなリアンの姿を見て、シャロンはさらに顔を赤くした。
 こうして転校初日にして、リアンはクラスのヒーローになった。
 ピアノの腕前もそうだが、美しい顔立ちのリアンを女子達が放っておくはずがない。
 休み時間になる度、リアンの元に女子を中心に集まっていた。しかし、シャロンはその輪に加わってはいなかった。シャロンは黙って遠くからリアンを見詰めていただけなのだ。
 授業が全て終わり、リアンはクラスの皆と校門の前まで歩いて行った。
 校門の前には、黒塗りの高級車が停まっている。その車の後部座席の窓が開き、マドルスが顔を出した。

「リアン、迎えに来たぞ」

 マドルスは優しげな笑顔を浮かべている。
 有名人のマドルスを見て、クラスの皆は騒ぎだした。

「うん、ありがとう…じゃあね、みんな」

 皆の反応を見て、照れた様子で答えたリアンは、執事が開けてくれたマドルスが座る反対側のドアから車に乗り込んだ。そして、窓を開けるとクラスの皆に手を振った。