「…弾けるよ!」

 リアンは馬鹿にされたみたいで、腹が立った。

「…リアン君、楽譜なんか無視して、なんか弾いてごらん」

 二人のやり取りを見かねたセトリルは、助け船を出した。

「…はい」

 リアンは取り乱した心を落ち着かせる為に、深呼吸をする。そして静かに目を閉じると、すぅーと伸ばした指先を鍵盤の上に載せた。それはあたかも地上に舞い落ちて来る天使のような、緩やかでとても美しい所作である。
 静かに吐き出す呼吸と共に、鍵盤を一つ押す。そしてそれはメロディーとなり、美しい音色を辺りに響かせ始めた。
 クラス中が騒ぎだした。
 リアンのピアノは、シャロンよりも遥かに上手いと誰もが思ったのだ。現にシャロン自身もそう思い、悔しさのあまり、下唇を噛み締めてリアンを睨んでいる。
 うっとりとした視線をリアンに向ける者。
 演奏の邪魔にならぬ程度の拍手を送る者。
 指揮者の真似をし、笑顔を浮かべる者。
 皆それぞれが、それぞれの形で、リアンの演奏を楽しんでいる。そして、その楽しむ仕草はやがて、一つになった。
 皆、動きを止め、静かに演奏を聴き始めたのだ。
 リアンはジャンやドニー達の事を思いながら、夢中でピアノを弾いた。その思いを乗せたメロディーが、教室に居る者全ての心に、悲しい雨を降らせた。
 下唇を噛み締めていたシャロンも、今では涙を流している。
 演奏が終わった。