「屋敷に」

 マドルスはただ一言、その言葉を告げた。
 車が走り出した。車内が微かに振動している。
 ジャンの車はもっと酷く揺れたな。リアンは不意にそんな事を思った。悲しくなった。
 リアンにとって、見慣れない風景が車窓の外に広がり続けている。
 そんな自分を迎えてくれている風景にさえ、今のリアンには、楽しめる余裕などない。
 悲しみに濡れる瞳で、窓の外を見詰めていると、間もなくして、車は大豪邸と呼ぶに相応しい佇まいの門の前に辿り着いた。どうやらここが、マドルスの住む家のようだ。
 門の向こう側に立つ男二人が、そのやけにでかい門を押し開くと、車は玄関目指して、再び発車した。
 門から玄関を辿る事、車で五分。
 民家にしてはやけに長い道のりではあったが、ようやく車は玄関の前に到着した。
 玄関前には、男と、女が二人立っている。その格好からして、この屋敷の使用人だろう。
 ぴたりと玄関の前に停まった車の後部座席のドアを、男の執事が開けた。
 マドルスはその開かれたドアから、リアンを伴い降りて行く。

「おかえりなさいませ」

 使用人が頭を下げながら、この屋敷の主を出迎える言葉を口にしている。
 マドルスはそれに答えるように、静かに手を挙げた。
 スタルスの歩に合わせるようにして、大きな玄関のドアが開いて行く。
 完全に開いたドアの前でマドルスは立ち止まり、振り返った。リアンが付いてきていない事に気付いたのだ。リアンは車の前で戸惑ったような顔をしている。

「来なさい」

 そう言ったマドルスは、優しげな笑顔を浮かべている。
 リアンは使用人達に頭を下げながら、足早に玄関のドアへと向かった。