「…返すも何も、私の自慢の息子ですし」

「…お願いします…私は息子の夢を踏みにじり、ずっと後悔して生きてきました…しかし、息子は私が謝る前に死んでしまっていた……だから息子の代わりに私の手でリアンを育てたいのです」

 マドルスはそう言いながら、また札束をジャンに渡そうとした。

「…だから、いりません…」

 暫く、二人の間に沈黙が流れた。
 ジャンはその間、考えていた。
 自分が育てるのと、マドルスが育てるのとでは、どちらがリアンにとって幸せなのか。
 マドルスには何不自由無く暮らせるだけの金があるだろう。何より世界的に有名なピアニストだ。リアンのピアノの才能を伸ばしてくれるはずだ。
 自分にはできない。してやれない。リアンにピアノを習わせてやる事ができないどころか、店を手伝わせているのが現状だ。
 どちらと暮せばリアンが幸せなのかは、考えるまでもなく明白。ジャンはそう考えた。しかし、リアンと別れて暮す事を考えた時、深い悲しみがジャンを襲った。
 頭で考えなくても分かる。ジャンはリアンを本心から、我が子だと思っているのだ。そして、ジャンは愛するリアンの事を思い、答えを出した。

「…あなたと暮す事が、リアンにとって幸せなことなんでしょうね…分かりました…リアンをよろしくお願いいたします」

 噛み締めるように言いながら、ジャンは涙をボロボロと流した。

「…ありがとうございます」

 マドルスはそう言いながら、またジャンに札束を渡そうとした。

「…いりません」

 ジャンは金を受けとることはなかった。
 それから二人は話をした。
 フェルドの話、リアンの母親であるソフィアの話。そして、リアンの今後の話をし終えた時に、当の本人であるリアンが病室に入ってきたのだ。