ピアノの音色が、静かな店の中に響き出す。
カウンターの中でグラスを磨いていたジャンは、その手を止め、静かに目を閉じた。
リアンのピアノは毎日聴いているが、リアンがピアノを弾く度に、ジャンは聴き入ってしまっているのだ。
それ故にジャンは、申し訳なく思っている。
自分に金があれば、リアンに店を手伝わせる事なんてせずに、音楽学校に通わせて、ピアノの才能を伸ばしてあげる事ができる。
「…マスター…おい、マスター!ビール!ビールくれ!!」
ジャンがリアンのピアノに聴き惚れていると、いつの間にか客が入ってきていた。
ビールを注文したのは、常連客のジョアンである。
ジョアンはようやく目を開けたジャンと目が合うと、呆れたような笑顔を浮かべ、もう一度「ビール」と言った。
「…あっ、はい、いらっしゃい…ビール1丁」
ようやく挨拶を返すと、ジャンはジョアンの前に、なみなみと注いだビールと、十数粒のピーナッツの入った皿を出した。
ジョアンはそれを、もう何十年も飲んでいなかったように、うまそうに飲み干した。
そして、ジョアンが三杯目をおかわりする頃には、店の中にはいつもの常連客の顔触れが揃っていた。
「おいビールくれ」
「こっちもビール!」
あちこちからビールの注文が入る。