先程と同じメロディーが、店内を悲しみの色に染めていく。
 不味そうに飲んでいるウィスキーの入ったグラスを口に付けたまま、老人は動きを止めた。そして、驚いた表情を浮かべると振り返った。
 その目は、演奏するリアンを見詰めている。
 老人の目から涙が溢れ出した。それを指先で拭うと、悲しみに染まった顔をカウンターへと戻した。
 カウンターの中では、泡だらけのグラスを握り締めたまま、ジャンが目を閉じて演奏を聴いている。

「…あの子は…誰の子ですか?」

「…え?」

 老人の問い掛けに、ジャンは目を開けた。

「…誰の子ですか?」

 ジャンは戸惑った。老人は初めて見る顔だ。
 それ程広くはない街。恐らく老人は余所から来たのだろう。しかし、悪そうには見えない。それに、父親の名を明かしても、悪さに使える事はないだろう。そう考えたジャンは、本当の事を口にした。

「私の親友の子供ですよ」

「…その親友とは誰ですか?」

 老人は、目を見開いた。

「…この写真に写ってる奴です」

 ジャンは、横の壁に飾ってある、額に入ったフェルドの写真を指差した。

「…な、名前は!?」

 老人は立ち上がり、写真へと手を伸ばした。
 その指先は僅かに振るえている。