リアンの視線は、壁に飾られた複数の写真の中の一枚へと移った。
 その写真の中には、キャンパスの前に座る父親の姿がある。
 リアンの父、フェルド・ソーヤが、この街に辿り着いたのは、今から十七年程前の事だ。
 当時のフェルドは、二十歳だというのにかなりの童顔で、少年にしか見えなかった。
 この街に鞄一つで訪れた時には、どこからか家出してきた少年と間違えられて、警察に保護されてしまった程だ。
 そこで何度、本当の年を言ってもなかなか信じてもらえずに、苦労したと笑いながら話していたのをリアンは覚えている。
 そんな童顔を気にしてか、この街に住んでからのフェルドは、少年に間違えられないように、モジャモジャのヒゲを蓄え、常に煙草を咥えていた。

「よし、この辺に置くかな」

 ジャンは瓶をカウンターの隅の方に置き、まじまじと見つめると、満足そうに何度も頷いた。
 そして安物の腕時計をちらっと見ると、リアンに声を掛けた。

「そろそろ店を開けるか」

 その言葉を受けて、リアンは掃除道具を片付けると、この年期の入った店に似合う、古ぼけたピアノの前にちょこんと座り、鍵盤に指を這わせた。そして、いつものように店の開店を知らせる、ショパンの『子犬のワルツ』を弾き始める。