「…リアン、今日は店手伝わなくていいぞ」

 ジャンは、優しげな笑顔を浮かべている。

「…手伝うよ…何かやってたいんだ」

 リアンは首を横に振った。

「…そうか」

「…うん」

 その後、語らうように話していた二人は、それぞれの仕事に取り掛かった。
 ジャンは二階へと行き、夕食の支度を始めた。
 リアンはいつも通り、店の掃除を始める。
 掃除を終えたリアンは、いつものように、開店を知らせる『子犬のワルツ』を弾き始めた。
 夕食の準備を終え、店でグラスを磨いていたジャンは、いつもの子犬のワルツとは違うような、違和感を感じた。
 それは次第に確信へと変わり始める。
 今日の子犬のワルツは、悲しみを含んでいる。
 普段聴いていても、涙が出るような曲ではないが、今日の子犬のワルツには、心打たれるものがあった。
 ジャンが指先で滲み出た涙を拭いていると、常連客が入ってきた。
 それを皮切りに、いつもの面子が次々にいつもの席へと腰掛けた。
 子犬のワルツを弾き終えたリアンは、客達の拍手に頭を下げると、注文を聞く為に走り回った。

「…リアンなんか弾いてくれよ」

 常連客の一人が、ビール片手に言った。
 客にビールを届け終わったリアンは、ピアノの前に座ると、昔フェルドから教わった、『別れ、旅立ち』という曲を奏で始めた。
 これはフェルドが作曲したもので、リアンにとって大切な曲である。