頭の中に、ピアノが浮かんだ。
 今まで抑え付けてきた思いが、リアンの口から弱々しく吐き出されていく。

「…弾きたい…ピアノが…弾きたい」

 しかし、この小屋の中にピアノなどあるはずがない。
 リアンは目の前のテーブルへと視線を移した。そして両腕を、力無くテーブルへと置いた。
 ゆっくりと動き出す指先。
 リアンは目を閉じた。
 指先が、心地良いリズムでテーブルを叩いていく。
 時に激しく、時に優しく。
 その叩く音はやがて、旋律となった。
 軽やかに動き回る指先。
 その指先が産み出すメロディー。
 その音はまさに、ピアノの音そのもの。
 開け放った窓の近くに、動物たちが集まってきた。
 その美しい音に誘われ、集まったのかもしれない。
 つがいできた動物や、夜行性ではない動物も中にはいる。
 動物達は争う事なく、開け放たれた窓から聴こえてくる演奏に耳を傾けている。
 月へと登って行くメロディー。
 寄り添うように演奏を聴く動物達がいる風景は、どこか幻想的だ。
 メロディーが消えた。
 リアンの両手の指先も止まっている。
 演奏を終えたリアンは、とても安らかな顔をしていた。
 そしてその安らかな表情のまま、崩れ落ちた。
 世界で一番ピアノを愛し、ピアノに愛された男の人生が、今、幕を閉じた。



                 終わり