リアンは不意に、自分の両腕を見詰めた。
 リアンが今見ているのは、すっかりしわくちゃになってしまった自分の両腕。その両腕には、今では古くなってしまった、傷痕が残っている。
 リアンはこの傷痕を見る度、あの日の悲劇の光景が頭の中を駆け巡っている。
 あの日、ジュリエは死んだ。
 自分を銃弾から守る盾となり、ジュリエは死んでしまったのだ。そしてその日、同じ場所で、愛する娘に銃弾を放ったスタルスも、自らの命を自らで絶った。
 リアンは、両腕の傷痕を見詰めながら立ち上がると、窓を開けた。そして、悲しみに染まる瞳を開け放った窓へと移した。
 すっかり暗くなった外の景色には、輝く月が浮かんでいる。
 この窓からは、もう何十年も同じ景色を見ているリアンだが、今見ている景色は、特別なものに感じた。
 弱々しくなった息を、ゆっくりと吐き出す。
 儚げに吐き出された息は、直ぐに白いものへと変わった。
 リアンが山の中にあるこの小屋で一人暮らしを始めてから、もう五十年以上は経っている。
 あのコンクールを境に、リアンの人生は大きく変わった。
 ジュリエが死んだ。
 スタルスが死んだ。
 そして、コンクールから一週間。ジョルジョバまでが、帰らぬ人となってしまったのだ。
 コンクールから死ぬまでの間、ジョルジョバは一睡もしないで、リアンの両腕を治せる医者を探し回っていた。
 愛する息子が傷付いた。そして、あのピアノの音を二度と聴く事ができないかもしれない。
 寝れる訳がなかった。