「何処にもいないです!」

 その言葉が、審査員達が集まる部屋に響いた。
 ここは審査員達が集まり、優勝者を話し合いで決める為に毎年用意されている部屋。
 その部屋に、審査員達を束ねる審査員長を務めるスタルスが居ないのだ。

「何時から居なかったんですかね?」

 赤い縁の眼鏡を掛けた女性が、誰に聞くでもなく、問い掛けた。

「リアン君が演奏する直前には、審査員席に座ってましたよ」

 スタルスの隣に座っていたヤコップは、皆に向け、そう答えた。

「なら、リアンさんが演奏している最中に、席を外したのですか?」

 そう言った赤い縁の眼鏡の女性は、驚いた表情をしている。
 彼女のその発言を聞き、周りの者も一様に驚いている様子だ。
 審査員達は皆、音楽に携わっている仕事をしている。それ故に、ピアノ演奏を聴く機会は、一般的な者達に比べかなり多いだろう。
 そんな音楽に精通している者達からしても、今日リアンが弾いたピアノの音は、生涯の中で二度と聴けるか分からないと思える程の感動を与えたのだ。
 そんなピアノの音を前にして、どんな理由があれど、席を外す事など出来るのかと彼等は思っているのだ。

「わたしは、彼のピアノに夢中でした。だから、スタルスさんが、何時会場を出て行かれたかは、分かりません。ですが、リアン君の演奏が終わった後には、スタルスさんは居ませんでした」