マドルスはリアンの横に座り、同じピアノを弾いている。
 それは決して邪魔するものではなく、無意識で弾いているリアンの演奏に、素晴らしい色を加えている。
 初めからそこに居たのかもしれない。
 初めから共に演奏していたのかもしれない。
 リアンとマドルスは見詰め合い、ピアノを引き続ける。
 曲もいよいよ終わりを迎える。
 意識せずに弾いているとはいえ、ピアノの音はリアンにも聴こえている。そして、何百回、いや、何千回とこの曲を弾いてきたリアンには、もう少しで終わりを迎える事も分かっていた。
 涙を流し自分の顔を見詰めるリアンを、優しい笑顔で見詰めるマドルス。
 曲調が変わった。
 それまで悲しみに包まれていたメロディーが、安らぎを感じるようなものへと変化したのだ。
 マドルスの包み込むような笑顔。
 安らぎさえ感じるメロディー。
 その二つに包まれたリアンの涙は、いつの間にか止まっていた。
 それを確認したかのように、マドルスは静かに頷くと、蜃気楼のように霞んで消えた。
 緩やかなリズムが力強いものへと変わっていく。
 そのメロディーは、愛する者との別れを乗り越えた旅人を表現しているように感じる。
 そう感じているのは、一人二人ではないはずだ。
 加速する指先の動きが、不意に止まった。そして立ち止まり、深呼吸をした旅人は、ゆっくりと歩き出す。
 指先を止めたリアンは、目を開いた。
 その顔には、先程までの悲しいものはない。
 何かを振り切りったような、清々しい顔があるだけだ。
 演奏の終わった会場は、息を飲んだような静寂に包まれている。誰も居ないのではないかと、錯覚してしまう程だ。
 息を吐き出したリアンは、静か過ぎる事を不思議に思い、客席へと顔を向けた。そして、未だかつて見た事がなかったその光景に、目を丸くした。
 客席に座る多くの者が、悲しげに泣いている。
 薄暗い客席に座る者を、ライトの照らされたステージから見ても分かる程、多くの者が悲しげに顔をくしゃくしゃにしているのだ。しかし、誰一人として啜り泣いている者はいない。