リアンを優しく見詰めたまま筆を動かす様は、昔となんら変わらない。
 ピアノを弾くリアンと、キャンバスに向かい絵を描き続けるフェルドは、向かい合っている。
 幼き日の記憶の光景が、今目の前で広がっている。
 手を伸ばせば届きそうな距離に、もう二度と会えないと思っていた、父親が存在している。ピアノを弾く手を止め、リアンはフェルドに向け、手を伸ばそうとした。しかし、鍵盤から、指先が離れる事はなかった。
 触れたいのに、触れられない。
 リアンはフェルドを見詰めたまま、ピアノを弾き続けた。
 その表情は、悲しみに染まっている。気付いているのだろう。これが現実ではない事を。
 フェルドが筆を持つ手を止め、額を腕で拭いながら、にっこりと微笑んだ。
 リアンは、その仕草も覚えている。
 フェルドは絵を描き終えると、必ずその仕草をしていた。
 フェルドは目の前のスタンドから、キャンバスを持ち上げた。そして、今描き上げたばかりの絵を、対面するリアンに見せるようにくるりと回す。
 そこには、悲しそうな顔でピアノを弾く、少年の姿が描かれていた。
 それが誰なのかは、その絵を見詰めるリアンには直ぐに分かった。
 それは、今の自分を描いたもの。
 キャンバスの中には、今のリアンの姿が描かれている。
 視線をキャンバスから上へと移す。しかしそこには、居るはずの父の姿はなかった。
 コトン。宙に浮いたキャンバスが床に落ち、そんな音を立てた。