直ぐにその音に気付いたスタルスの表情が、またしても険しくなった。
 由緒あるこのコンクールに、人前で緊張しながら演奏する者が出場している事に、スタルスは怒りを覚えたのだ。しかし、普段のスタルスならばこれ程の怒りは感じなかっただろう。
 その正体に未だ気付いてはいないが、ジョルジョバの息子の存在が、スタルスをおかしくしているのだ。
 少年の奏でる曲が終盤に入った。
 先程の緊張が嘘のように、少年の奏でるピアノの音は、その曲の持ち味である躍動感を見事に表している。しかし、それを評価できぬ程に、心が捻れてしまったスタルスは、少年を睨み付けたままだ。
 一度の失敗さえ許せないスタルスは、握り締めたペンで、その怒りを審査用紙に捻り付けた。
 スタルスの持つ審査用紙が真っ黒に染まる頃、少年の演奏が終わった。
 一人、また一人と、ステージ中央のピアノを弾いていく。
 途中休憩を挟みながらの長丁場となったこのコンクールも、もう直ぐ終わりを迎えそうだ。
 リアンは今、ステージ横にある控え室で、ピアノ演奏を聴いている。そして、リアンの耳に届いていたピアノの音が止んだ。
 聞こえてくる拍手の音。そして、その拍手の音も暫くして消えた。係員の男が、ステージ袖から顔を出し、リアンを呼ぶ。

「リアン.フィレンツェさん、こちらへどうぞ」

 閉じていた瞳をゆっくりと開いたリアンは、椅子から立ち上がると、ステージへ向かい歩き出した。