ジュリエは日々、ピアノの音に包まれながら、成長していったのだ。そんな彼女がピアニストになる夢を持ったのは、必然かもしれない。
 その小さな体と共に、日に日に成長していくジュリエのピアノ演奏。
 それは親馬鹿ではなく、誰が聴いても、同世代でライバルと呼べる者がいない程、彼女のピアノの腕前は誰よりも抜きん出ていた。その事実が、スタルスは堪らなく嬉しかったのだ。
 しかし、それはリアンのピアノの音を聴くまでの話。
 リアンのピアノは、スタルスが初めて敗北を知った、兄のフェルドの奏でる音そのもの。
 初めてリアンのピアノを聴いた時、スタルスはそう感じたのだ。
 ジュリエは世界一のピアニストにならなければならない。その真っ直ぐで純粋過ぎる思いが、スタルスの心を歪めているのだろう。
 ジュリエのピアノを凌ぐ可能性がある者が、このコンクールに出場している。その事実が、スタルスの心をさらに壊し始めていた。
 代わる代わる披露されていくピアノ演奏。
 皆が静かに耳を傾け演奏を聴いている中、スタルスだけは、未だ演奏に耳を傾けてはいなかった。

「あれ、ジョルジョバじゃないか?」

 苛立った指先を、忙しなくテーブルにぶつけているスタルスの耳に、そんな声が届いた。その声は、隣に座るヤコップにも聞こえていたようだ。

「息子さんを見に来たんですかね?」

 スタルスの気持ちなど知る由もないヤコップは、何の気なしに、そんな言葉を口にした。しかし、スタルスがその問い掛けに答える事はなかった。
 スタルスは食いしばった歯を軋ませながら、その声が聞こえてきた後方へと顔を向ける。そしてざわつく客席の中心に、スーツを着た白髪の老人を発見した。