ジョルジョバが挨拶に行った時には、家に仕える者を除けば、ジェニファ一人しかいなかった。スタルスもジュリエも居なかったのだ。
 ジェニファは尋ねてきたジョルジョバを見た時、直ぐにそれが、あのジョルジョバだという事が分かった。
 ジョルジョバが表舞台から姿を消し、長い年月が経っていた。しかし、ピアノを愛する者の一人であるジェニファは、写真でしか見た事がなかったが、それがピアノの神と謳われたジョルジョバである事に、直ぐに気付いたのだ。

「…話して下さってありがとうございます。ジェニファさん…リアンを守ってくださり、ありがとうございました」

 全ての理由を聞いたジョルジョバは、涙ながらに話し終えたジェニファに、大きな手の平を差し伸ばした。

「守るだなんて、そんな…」

 謙遜ではない。
 家を飛び出したリアンの事を、ジェニファはずっと気に掛け、守り切れなかった自分を責め続けていたのだ。

「いや、あなたは守ってくれた。リアンは感謝していましたよ」

 その言葉に嘘はない。
 ジョルジョバはリアンから、確かにそう聞いている。そして、それを伝えたリアンの言葉も嘘ではなかった。
 その優しげではあるが、真剣なジョルジョバの眼差しに触れ、その言葉が嘘ではない事を感じ取ったジェニファは、顔をくしゃりと歪め、大粒の涙を流した。

「…ご主人には、リアンの事を話されますか?」

 その発言は、ジョルジョバの優しさであった。