「え?」

 スタルスは、ステージでお辞儀をするジュリエから視線をヤコップへと変えた。
 ヤコップはお世辞も言わないが、嘘も言わない男だと、長い付き合いのあるスタルスは知っているのだ。

「ジョルジョバさんの息子さんが出るみたいですよ」

「え?…息子?」

 ヤコップの発言に、スタルスは耳を疑った。
 今世紀最高のピアニストと謳われているジョルジョバに、息子がいる事が信じられないのだ。いや、信じられないのではなく、信じたくない。それが本心だろう。
 ピアニストで世界の頂点になる夢を、娘に託した。同じ時代に今世紀最高のピアニストの息子がいる事を、受けいれたくないのだ。

「そうです。息子さんが出ると聞きましたよ。おっと、次の演奏者の番ですね」

 会場に沸いていた拍手はいつの間にか止み、次の演奏者が舞台の袖から緊張した面持ちで登場した。
 スタルスは目を見開き、テーブルの上の出演者リストへと視線を走らせる。そしてそこに、ジョルジョバと同じ姓を持つ、リアン.フィレンチの名を発見した。しかし、それが短い期間ではあるが、かつて憎みながら共に暮らしたリアンである事に、スタルスは気付いていない。
 ジョルジョバは、リアンと戸籍の上でも本当の親子となっている。
 その本当の親子になる時に、ジョルジョバはリアンに何も告げずに、一人でスタルス家に挨拶に行っていた。