ドビュッシーは、六分半程のこの曲の中に、愛の喜びを詰め込んでいる。そして難易度は高めな曲として知られている曲だ。ピアノを趣味程度で弾いている者では、完璧に弾く事はできないだろう。
 とても十六歳の少女が、愛の喜びを表現しているとは思えない素晴らしい演奏が、会場の中に流れている。
 リアンの耳に届くピアノの音は、喋り声を出せば、掻き消されてしまいそうな程の小さな音。
 それでも目を閉じるリアンの瞼の裏には、ピアノを弾くジュリエの姿が映っている。
 この曲を知っている者ならば、間もなく終演する事は分かっているだろう。そして、その素晴らし演奏が終わってしまう事を、惜しんでいるかもしれない。しかし、ジュリエの演奏するピアノの世界に入り込んでいるリアンは、惜しむ事はなかった。
 頭の中に広がる情景は、まるで初めて見た映画のように、次へと進むストーリーを予期してはいない。それ故に、終わる事に気付いていないのだ。
 六分半続いた演奏が終わった。
 瞼を閉じるリアンの目尻からは、透き通る涙が零れ落ちている。
 演奏を終えたジュリエは、鍵盤からゆっくりと指先を離し、静かに息を整えた。
 ピアノの音が止んだ会場は、静けさに包まれている。その静けさを破るように、誰かが拍手をした。