今、一人目が演奏を終えたばかりなので、前室には今から演奏を行う者が居るはずだ。
 そして今、その次に演奏するジュリエが前室へと向かっている。
 どうやら前室では、一人で待機するようだ。
 リアンが前室へと向かうのは、一番最後。つまりは、演奏も一番最後に行うという事になる。
 この演奏する順番は、今から一時間程前に、くじ引きにより決められた。
 このコンクールには課題曲がない。自分が弾く曲を自分自身が決め演奏する事になっている。
 演奏時間は十二分以内。
 全員が十二分間を丸々使ったとすると、四時間を越えるコンクールとなってしまうだろう。しかし、過去のコンクールでは、一度も四時間を越えた事はない。毎年、丸々十二分間を使って曲を弾く者は、極めて少ないのだ。そしてこのコンクールでは、既存の曲だけでなく、自身が作った曲を弾いても構わないと定めている。しかし、このコンクールが開かれてから二十年、誰一人として自分が作った曲を演奏する者は現れてはいなかった。
 二人目の演奏が終わったようだ。
 ピアノの音が終わると、拍手をする音が聞こえてきた。そして拍手の音が消えて暫くすると、再び小さく聴こえるピアノの音がリアンの耳を擽った。
 それは見なくても、直ぐに分かった。これはジュリエが演奏するピアノの音。
 技術は格段に上がっているが、その聴く者を惹きつける優しげなピアノの音色は、昔となんら変わってはいない。
 目を閉じ静かに聴いているリアンは、まるで昔に戻ったような錯覚に陥っている。
 共に暮らした期間は長くはないが、二人の間には、何時でもピアノがあった。

「…ドビュッシーの喜びの島」

 誰かの呟く声が聞こえた。
 ジュリエが今弾いている曲は、その呟き通り、ドビュッシーが作曲した喜びの島という曲だ。