「あぁ、もの凄い上手いよ」

「や、や、やっぱり!聴いてみたいな、リアンさんのピアノ!」

 こうしてミッシランは、リアンがジョルジョバの息子だという事実を知ったのだ。しかしこのミッシラン、未だジョルジョバと話した事がない。勿論、リアンとも先程までは話した事がなかった。
 ミッシランは、いつも車から数十メートル離れた場所から見送っている。
 それは、崇拝するジョルジョバとは同じ場所に立ってはいけないという、彼なりの敬意であった。
 矢印に従い進んでいると、リアンは控え室と書かれた紙がドアに貼られている部屋に辿り着いた。
 ドアの前には、黒いスーツを着た男が一人立っている。

「参加者の方ですか?」

 リアンに気付いたスーツの男が、柔やかな笑顔を浮かべている。

「はい」

「では、こちらでお待ちください」

 スーツの男はそう言うと、リアンの為にドアを開けてくれた。

「ありがとうございます」

 お礼を言ったリアンは頭を下げると、部屋に入った。
 部屋の中は、その小さなドアからは想像できぬ程に広い。部屋の広さは、バスケットコート二面分は優にあるだろう。その部屋の中には、二十人程の人が居る。恐らく、全員がコンクールの参加者なのだろう。
 部屋の中には、椅子やテーブルが壁際や中央にいくつも置かれている。そのテーブルの上に、各々荷物を載せているようだ。