「お前は、邪魔なんだ」

 病室で聞いたこの時の言葉は、自分を思い遣る為の優しい嘘だと分かっている。しかし、酒場のドアの前でこのジャンの言葉が頭を過ぎり、リアンは店に入る事を躊躇っているのだ。
 視線はドアの隣の窓に移った。中から青いカーテンが閉められている窓からは、店の様子は分からない。
 視線が再びドアへと移る。ただじっとドアノブを見詰め、リアンは時を止められたように動かなくなった。しかし、不意にリアンの右手が動いた。
 僅かに震えるその手は、見詰めるドアノブへと近付く。そして、辿り着いた右手がドアノブを掴んだ。
 溜め息を一つ。深く息を吐いたリアンは、ドアノブを回した。しかし、リアンの決意とは裏腹に、鍵の掛けられたドアは開くことはなかった。
 今日は日曜日ではない。ジャンは定休日である日曜日以外は、どんなに体調の優れない日でも、必ず店を開けていた。
 力無くドアノブを離したリアンは、再び視線を窓へと移す。
 先程は気付かなかったが、店を開けているのならば、カーテンは開かれている筈だ。
 あの日、店を閉めて旅に出ると言ったジャンの言葉が頭を駆け巡る。
 本当にジャンは旅に出てしまったのかもしれない。そう考えると、手紙の返事が来なかったのも、辻褄が合う。
 リアンの中で、それが答えとなった。
 空は夕暮れから夜へと変わろうとしている。
 途方に暮れたリアンは、ドアを背にしゃがみ込んだ。
 もう二度とジャンに会えない気がした。
 空の色が移り変わるのを、ただ呆然と眺めていると、頭上から声が聞こえてきた。