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「おはようございます」

 いつものように、僕は傾斜のある神社の石畳の階段を登りきると、鳥居の前で竹ぼうきを使って掃除をしているみーこさんに出くわした。
 僕を見つけた瞬間、みーこさんはいつもの麗しくも素敵な笑みで、手を大きくブンブン振ってくれた。

「おはようございます、佐藤さん!」

 一日一度はみーこさんのこの笑顔を見なければ、なんだか活が入らなくなるほど、あれからも僕はここに通いつめていた。

「みーこさんは今日も元気ですね。なんだか今日も一日素晴らしい日になりそうな気がしてくるから不思議です」
「えっ、本当ですか? それは嬉しいですね」

 こんな片田舎でできることなどしれている。それなのに、毎日ここにくれば本当にそう思えるのだから、僕は心から感心していたのだ。

「なんだかここに来れなくなると思うと、すごくさみしい気持ちになります」
「えっ! あっ、そうでした。佐藤さんっていつ東京に戻られるんでしたっけ……?」
「明日です」
「明日!?」

 みーこさんは驚いて、竹ぼうきを落としている。けれど僕としてもそれは信じがたい事実だ。すっかりこの田舎生活に慣れてしまい、なんなら心からエンジョイしてしまっていた僕にとって、あの仕事漬けの生活に戻れるのだろうか……。

「そうですか……それは、残念ですね……」

 みーこさんの顔から笑顔が消えた。今だけはみーこさんの笑顔が見れなくて、僕は心のどこかで喜んでいた。現金な話だが、それだけみーこさんが僕の事を考えて悲しんでくれているのだと考えると、この表情も今だけは悪くない。
 変な意味はなく、それは純粋な意味で。

「こら、左右。またそんなこと言って!」

 みーこさんが竹ぼうきを拾い上げた後、すぐ隣を見下ろしながら、左右に叱っている。僕は左右の言葉が聞こえなくとも、今僕の悪口を言ったのであろうことは、安易に想像ついた。
 ——僕がこずえと話をした次の日、今日と同じように神社に来てみると、もう僕は左右の姿が見えなくなっていた。それは姿だけではなく、声も聞こえないのだ。
 なぜか理由は想像して見たものの、どれ一つとして確証はない。
 そもそも僕は自他共に認めるほど、霊感などというサイキックパワーを持ち合わせていない。そんな僕がこの神社の神使が見えていたという方がおかしな話で、そこに関してもなぜ見えていたのかという確固たる理由がないのだ。