「こずえさん、帰られたんですね?」

 鳥居に背中を預けながら、僕はぼうっと階段下に広がる景色を見つめていた。そんな中でみーこさんは現れた。

「ちゃんと話、できましたか?」

 僕は景色を見るような目でみーこさんに視線を向ける。するとそこにはいつもの元気はつらつな彼女の姿があった。
 みーこさんはなんて言うか、良いエネルギーの塊だ。そんな風に思わせるほど、彼女を見ているだけでこちらも元気になれるような気がする。

「はい」

 きっぱりとそう言ったあと、僕はぐっと背伸びをした。なんだか凝り固まっていた体を解放するかのように。

「それならよかったです」

 女神のスマイルに、僕のカチカチに固まっていた心が、じんわりと解き放たれるような気持ちになった。

「ところで、あの幸せを願う女性ってこずえの事だったんですよね? 珍しく依頼主の名前が記載されていなかったですが」

 こずえの依頼は一度あの松の木の麓にある紐に括り付けられたものの、彼女自身の手で奪い取られてしまった。だから依頼は無効だと思うのだが。
 きっとこずえも新聞を読んだ時に自分が依頼した内容の返事が書かれていたのを見て、驚いてここに来たんだと思う。
 たくさんのことは覚えていないが、こずえは確かにこう言っていた。
 こずえの母親の干支がねずみらしい。干支にちなんだ神社があると知り、ちょっと顔を出して見たのだとか。すると掲示板に書かれていた依頼の内容に興味を持って手紙を書いたとか、なんとか……。
 二度ここに来た理由はわからないが、多分やっぱり思い直して依頼をしたかったのではないだろうか。
 彼女は二股などするような人間ではない。だから僕と別れた後に付き合ったとしても新しい彼と知り合ってまだ日が短いはずだ。そんな中で話がどんどん転がり、幸せになれるかどうか心配になったのだろう。

「はい、実はそうなんです。こずえさんは一度依頼をキャンセルされているので、掲載するかどうかはすごく悩んだのですが……」

 やはりそうだったのか。思っていた通りの回答だ。

「その、左右が名前を伏せて載せれば良いって言ったので、昨日佐藤さんが帰られた後、また新聞を書き直していたんです」

 あのねずみ小僧め。どこまでもコンプライアンスを遵守しないつもりらしい。
 そのくせ自分は情報を開示しようとしない。それがクールだとでも思っているのか? 口数少ないやつなど、ハイスペックなイケメンがするからクールに見えるだけであり、ちんちくりんなねずみ小僧がすればただの内気な根暗だぞ。