こずえは一生懸命首を左右に振っている。ブンブンと音がなりそうなほど振っている。

「そんなことない。ただ、私は雅人さんよりも大切だと思える人が出来てしまったの。だからごめんなさい……」

 結果的にそれは、僕がこずえを一人にしたせいだろう。だったらやはりこずえが謝ることはない。全ては起こるべくして起こったのだから。

『——かりんとう饅頭……息子が好きだったお菓子の一つだわ』

 その時なぜかふと、キヨさんの会話が脳内で再生された。
 あやかし新聞を更新したあの日、僕とキヨさんはこの階段の一番下の段に座って、そんな会話をしたんだった。
 息子さんが生前好きだったお菓子だというかりんとう饅頭。キヨさんはかりんとう饅頭の箱を見ながらそんな言葉を言っていた。
 ……ああ、左右が言っていたのはそういうことか。

「僕はこずえに幸せになって欲しいと本当に思っている」

 なぜキヨさんが後悔したのか。それは後日キヨさんが言っていた。息子さんと旦那さんが生きている間に、もっと間に入って二人を取り繕ってあげればよかったと。
 旦那さんは東京で目が出た息子さんのことを、こっそり応援して本を買って読んでいたんだとか。だけど旦那さんはそれを息子さんに言うことを拒絶し、さらに二人とも意固地なせいでそのまま関係を修復する前に亡くなってしまった。
 凛花ちゃんに関しては、みーちゃんの世話がろくにできず、みーちゃんが生きている間にちゃんとお別れの挨拶がきなかったことを悲しんでいた。

 ——別れとはいつも、突然やってくるのだ。

 僕とこずえが突然別れたように。キヨさんの息子さんや凛花ちゃんのみーちゃんが突然この世を去ったように。

「今はまだうまく言えてないかもしれないけど……でも、本心だから」

 人はいつ会えなくなるか分からない。人はいつ死ぬのかも分からない。
 全ては神のみぞ知る、だ。

「だから、こずえには笑っていて欲しいんだ」

 僕がそう言うと、こずえの瞳から真珠のような涙が頬を伝って落ちた。
 ……けれど、こずえは笑っていた。

「……ありがとう。私も雅人さんの幸せを心から願っているから」

 そのあとは何を話したのはあまり覚えていない。ただ気がつけば僕は、再び神社の鳥居の前にいたんだ。