「雅人」

 突然聞こえた僕の下の名前。この場でしかも呼び捨てで呼ばれることなどなかっただけに、僕は思わず驚いてしまった。
 僕の名前を呼び捨てで呼んだのは、他の誰でもなく左右だった。
 さっきまでみーこさんと向き合っていたこの小学生のような風貌の神使は、僕に向き合って、こう言った。

「お前、忘れるなよ。キヨがなぜ後悔していたのか、なぜ凛花が悲しんでいたのかを」

 ……は? なんだそれ。

「それは一体、どういう意味だ?」

 そう聞き返したとともに、左右はフッと風に舞う花びらのようにふわりと僕たちの前から姿を消した。
 ……って、おい。言い逃げか! 自分だけ言いたいことを言って消えるとは、卑怯だぞ!
 どうやら今度は、僕が憤慨する番のようだ。

「あいつ、何が言いたかったんだ?」

 キヨさんが後悔した理由と、凛花ちゃんが悲しんでいた理由。それって……。

「そういえば、更新したあやかし新聞はご覧になりましたか?」

 みーこさんのこの言葉に、僕は飛び跳ねて反応した。

「そうだ、そうでした。あの最後の依頼主の返事は一体誰に宛てたものなのでしょうか?」

 そうだった。僕が慌ててあの心臓破りの階段を二段飛ばしで駆け上がってきた理由はそれだ。幸せを願う女性という相手が誰なのかが知りたくて、それをきこうとしていたんだった。
 するとみーこさんは口を開いたかと思ったが、なぜかそのあと驚いたように一瞬麗しい瞳を見開いたあと、ふわりと笑った。

「その相手は佐藤さんがよく知る方ですよ」

 そう言ったあと、みーこさんは僕の背後を見つめていつもの元気な様子でこう言った。

「こんにちは。今日も来てくださったんですね」
「あの、下の掲示板に貼られていた新聞を読んだんですが、あれって……」

 僕の背後にある神社の入り口。鳥居があるあの場所から別の誰かの声が聞こえた。
 僕はその声に引っ張られるかのようにして、気がつけば振り返っていた。
 そこに立っていたのは、息をあげながら立ちすくしている、こずえの姿だった。