「どうぞ中に入ってください」

 そろりそろりと社務所に足を踏み入れると、凛花ちゃんがしゃくり上げながら泣いている声が聞こえて来た。
 短い廊下の向こう側にある小さな4畳ほどの部屋で、凛花ちゃんは目をこすりながら泣いている。そんな凛花ちゃんの隣ではみーこさんの父親が、凛花ちゃんの頭を優しく撫でている。
 なんだ、この光景は……? 一体どうなってるんだ?
 そう思った僕は条件反射的に隣に立つみーこさんを見やる。するとみーこさんは困ったような顔をして、さっき口元に当てていた人差し指をテーブルの上に向けた。
 テーブルの上には古びた段ボールが乗せられている。それを見て、僕はハッと何かを察した。

「もしかして……」

 思わずあげた声に、凛花ちゃんは気がついたのか、涙であふれた瞳を一瞬だけ僕に向けた。その瞳には悲しみと、やるせなさが交錯しているように見えた。
 胸の奥がざわざわする。嫌な予感しかしないが、僕は真実に目を向けるため、段ボールの中を確かめようとして、部屋の中へと恐る恐る足を踏み入れた。するとその中には僕が想像していた以上のものが広がっていた。

「……えっ、これって」

 僕は思わずみーこさんに向けて、再び視線を向ける。みーこさんもなんとも言えない表情を見せながら僕を見返している。重苦しい空気の中、口を開いたのはみーこさんの父親だった。

「人も動物も植物だって、生きとし生けるものにはみんな平等に、死が待っているのですよ」

 ボロボロの段ボールの中には汚れたバスタオルが乱雑に入っている。そんなバスタオルに包まるようにして横たわっているのは、昨日左右と一緒にいたあのぶち猫だった。
 ぶち猫はまるで眠っているかのように横になって動かない。昨日左右と一緒にいた同じ猫とは思えないほど毛並みは乱れ、汚れ、閉じた目の周りには目やにが浮いている。
 けれどそれがあの猫と同じだと思える理由は、その毛並みの模様と、首についたリボンだ。赤いリボン。昨日左右と一緒にいたあの猫にも同じものが付いていたのだ。

「今朝みーちゃんに餌をあげに行ったところ、みーちゃんはすでに亡くなってたみたいなんです」

 みーこさんが僕の隣までやって来て、そっとこの状況について補足を加えてくれた。みーこさんは小声でそう教えてくれたが、静かなこの部屋の中では隠す方が難しい。麗しい声は凛花ちゃんまでしっかりと届いていたようで、再び純真な瞳からはポロポロと雨露のような涙が溢れ出した。