「あれ、左右帰ってたの?」

 鳥居の上に座る左右の姿が目に入り、みーこさんは遠くを見つめている左右に向かってそう声をかけた。
 すると左右の膝の上からちょこんと顔をのぞかせたのは、白と黒がまだらに混ざり合ったぶち猫だ。

「って、何その子猫? どこから拾ってきたの?」

 左右は猫と同じように鳥居の上から僕たちの顔を見下ろしている。けれど珍しくみーこさんの問いに対しても返事をせずに、再び目の前の景色を仰ぎ見ている。
 返事をしない左右の反応にも気分を害した様子もなく、みーこさんは気を取り直して僕と向き合った。

「ではまた、明日もよければ遊びに来てくださいね」
「はい、僕の散歩コースなのでまた来ます」

 にこやかに手を振り、軽やかに階段を降りていく。階段を降り切った後、あの掲示板に目を向けるといつものあやかし新聞の文字が目に飛び込んできた。みーこさんの達筆な文字で書かれたそれを、なぜか僕は暫くの間ぼーっと見つめていた。

 ——何かで困った人はいませんか?

 こずえも、何かで困っているのだろうか。


  ◇


「雅人くんおはよう。今日は珍しく起きるのが遅かったんだねぇ?」
「うん、なんかうまく寝付けなくって……」

 まぶたが重い。体もだるいし、頭が働かない。
 昨日はほとんと眠れなかった。色々と考えていたら、目がぱっちり冴えてしまったのだ。
 眠れなかった理由は、こずえのことだ。
 昨日会ったこずえの後ろ姿が妙に目の裏に焼き付いて離れず、やっと眠りに落ちたかと思えば、夢の中でもこずえは登場し、彼女はずっと泣いていた。ごめんなさいと連呼しながら、泣きじゃくっていた。
 僕が手を伸ばそうとしても、彼女は実体のないお化けのように、僕の手は空を切るだけ。彼女はそこにいるのに、触れることも叶わないのだ。ただ泣いて謝る彼女を見つめるだけの僕は、なんだかものすごく惨めだった。

「ばーちゃんは先に食べたけど、鍋にお味噌汁もあるし、ご飯は炊飯器の中にあるから。あとは適当に昨日の残り物が冷蔵庫に入ってるからお食べ。ばーちゃんちょっと今から畑に行ってくるからよろしくねぇ」
「うん、行ってらっしゃい」

 ばーちゃんは相変わらず忙しなく家を出て行った。ばーちゃんは畑仕事もある意味で趣味なのだ。もちろんじーちゃんがいた頃、畑仕事は本当に”仕事”だったから楽しみも何もなかったのだとばーちゃんが言っていた。今は好きなものを好きな量だけ育てているのだと言うから、キヨさんとは違ってばーちゃんはなんだか毎日充実しているように見えた。